(幼少期)

私は和歌山県紀南地方で生まれ育ちました。祖父の代からの歯科医師家系で、子供の頃の遊

び道具は歯科材料や歯科機材でした。

昔はそんな歯科に囲まれた環境が嫌で、跡を継ぐことが当然のことの様に話しかけられるこ

とにも抵抗がありました。それに加え、朝から晩まで働き、最後の患者さんが帰った後に

も、急いで晩御飯だけ食べ、夜中まで患者さんの銀歯やさし歯や入れ歯を作り続けている父

を見て、自分はこんなに忙しい仕事にだけは就きたくないと思うようになりました。

(中高時代)

和歌山県の中学高校に通っておりましたが、歯科医にだけはなりたくないという思いは益々

強くなり、環境保護関連の仕事に就きたいとか、建築家になりたい、獣医になりたい、写真

家になりたい、幼少期からの妙な自分の性格を解析する為に精神科医になりたい等々、様々

な進路が浮かんでは消えた後、結局、最も避けたかった歯学部に進学することとなりまし

た。

(大学時代)

大学に進学してからも歯科医学には一切関心がなく、小説に読み耽ったり、色んな部活動に

没頭してみたり、アルバイトに熱中したあげく、自分は商売を起こす方が向いていると思い

立ち、温泉水を販売する事業を計画して旅館のご主人と交渉してみたり、勤勉な歯科大生と

は程遠い学生生活を送りました。

(勤務医時代)

そんな私ではありましたが、歯科医として実務に触れる程に、歯科医業への向き合い方が大

きく変化していきました。

いくつかの要因がありますが、歯科医師の実務が完全に性に合っていること、尊敬できる先

輩歯科医師に出会えたこと、患者さんと直接向き合い、感謝されることにはやはり強いやり

がいを感じること、同じ世界に入ってみて、父の技術力がどれ程高いかを思い知らされたこ

となどが私にとっては非常に大きなことでありました。以降、それまでの自分を深く反省

し、人様の体に直接処置を行う立場として、より良い治療、技術を目指し、勉学と鍛練に努

めるようになったわけであります。

私は現在、週の半分を大阪、残りの半分を和歌山で働いておりますが、

①大阪府堺市在住の方々のお口の健康維持に貢献すること

②和歌山県新宮市、那智勝浦町、太地町周辺の地域における誤嚥性肺炎の発生率を限りなく

0%に近づけること

以上の2つを歯科医師としての目標として掲げ、日々歯科医療活動に邁進しております。__